あやぱいん、イギリスに行くヤァ!ヤァ!ヤァ!

I'm traveler from Japan. Free as a bird. Be more colorful.

YMS:何をすればいいのかメモ

まずビザの申請にあたって。
・入国日を決める⇒それによって申請日が変わるため
・滞在地を決める⇒それによってビザを受け取る郵便局が決まる
・来館日を決める⇒絶対に行ける日
・渡航歴を調べる←これ。一番厄介。私の渡航歴ざっとメモしてみたけど50以上はある。。。ぞっとする。。。
⇒これを完璧にこなして入力する。お金払う。


まずはここまで今月中にやっときたい。


・ソニー銀行を開設
・資金証明の書類を用意する
⇒必要書類準備して提出


ここまでやってようやく安心できると思う。
今もうちゃんとビザ取れるか心配でならない。


その後やるべきこと
・お金を少しでも貯める
・英語の勉強
・履歴書など作成
・証明写真を撮っとく
・最後TOEICまた受けとく。
・就活と住む場所についてなんとか目星付けたい
・保険の検討
・飛行機予約
・VIO脱毛?w
・PCの整理
・いらないクレジットカード等会費払っているものとか整理
・いらない物の処分
・歯の治療
・コンタクトレンズたくさん買う
・おっきいスーツケース買う
・必要な薬もらっとく
・もっていく荷物を決める


静岡に一回引っ越さねばならないのでそのあと
・住所変更もろもろ
・日本の免許書更新と国際免許作る
・住民票を抜く



いろいろやばい。
世界一周出る前も、会社の引き継ぎと引越しと準備の終らなさで
ずっと睡眠不足かつ出発ギリギリまで準備してて家出るの遅れるくらいやばかったので、できていないことばっかだった(笑)
幸いなのは予防接種打ってあるのと(別にイギリスには要らないけどw)
親不知抜いてあることとタブレットやカメラは持ってるってことくらい
あとはマイルはあるからマイルでいけるだろってこと


それと、なにげに一番やばいのはお金。
もうほんとにどこにも行かないで頑張ります。。。
なんならバイトも考えないといけないかも。。。
資金証明すらやばい(笑)
服とか本とか売りたいけどそれにかかる時間考えると時給超えるの無理な気しかしない。。。


イギリスに行きます。


このブログを始めた時は、
このまま会社で働いていくことの先の未来にどうも希望が見えなくなって、
いっそのこと辞めて、お金を使おうと
世界一周をするか留学をするかで迷っていた。
ゆうならどうせ死ぬならやりたいことをやらないと
っていうネガティブからの世界一周だった。


それでも不思議なことに、1年も旅をしてると旅をしているのが日常になり、
今までの日常が遠い世界のように感じてくる逆転が起こる。
本当に旅が当たり前と思っていて慣れてしまうのである。
どんなにありえないことでも、それが普通になってしまう。
これは、仕事を辞めて長く旅をしている人はきっとみんな感じるんだと思うけど
いったことのある人にしかわからない感覚かもしれない。


しかしどんなに旅慣れている人でも
最初の忘れられない思い出はあるであろう。


旅行が好きと思ったことについては、また書きたいと思うんだけど
大学生になってますますビートルズが好きになった私は
春休みに夜勤の棚卸バイトをし、
大学の実習をインフルエンザになったと嘘をついて親に協力してもらってサボる算段までして(ちゃんと別日程でやりました)
なんとかイギリスに行ったことを思い出す。
ヒースローに飛行機がついたときの感動は今でも泣きそうになる。
それは、映画けいおんを見る度に思い出されるのでそのシーンでは必ず泣く。


旅行の日を何日も前から楽しみにするだけでなく
飛行機に乗るだけでもドキドキしていたはずなのだ
無事着陸して、ほんとにあの遠いイギリスまで来たのだと、
みんな外人で、英語を話していて、日本と違うことがいっぱいあって、
これが白黒でしかみたことのないビートルズの国なのかと。
非現実の世界にわくわくする、そういう淡い気持ちを思い出す。


私にとってイギリスは特別なのである。
しかしイギリスの異常な物価の高さ、ビザを取ることの難しさで、
そう簡単に(留学に)行こうなんて思える場所ではなかった。
ワーキングホリディのようなYMSというビザ(抽選で毎年1000人が行けて働けるビザ)があるのは知っており
毎年当たることを祈って応募していたが
かすりもせずに涙を呑む、繰り返しだった。
まさか、この私にそのチャンスがやってくるとは・・・ 




正直、日本に帰ってから、また絶望的な毎日だった
去年があまりにもありえない経験で楽しすぎて
未来に何も希望を持てなかった。
普通の生活、をするのも大変。
そもそも週5も仕事をするなんてのもあり得ないうえに、
仕事もつまらないし大してお金にならない、結婚のプレッシャーもある、
新しいものやきれいな景色なんてなかなかみられない
また長期の旅行にいくことなど遠い未来。
何を希望に生きればいいんだと、
またあの自由な日々に戻りたいと、
今年は本当に毎日泣いて過ごすほどに辛かった。


そんな私が、まあ一応、毎年の恒例としてやっとくか、
と応募しておいたYMSが、まさかの当たり。
メールを確認した時はトイレでこっそり携帯をみたのだが
震えがとまらず、親に電話してしまった。
帰り道もスキップしたり走ったりと謎の行動。
I'm going to England!!!とバカみたいに叫びながらシャワーを浴び
その日はいろいろ考えて泣き、寝れなかった。
SNSでみんなが私におめでとうといってくれ、
ただ運がよくて当たっただけなのに
まるで結婚したかのようにありがとうと返すという騒ぎだった。


2度目にイギリスに行ったとき、
最後の日にハードロックカフェに行ったら
日本人のお姉さんが働いていて、(年齢が)ギリギリでYMSにあたったから
信じて試してみてね!ぎりぎりで当たる人も結構いるよ!!
と言われたことを思い出す。


本当だった。
ギリギリ(29歳で、しかも後期の200人に)選ばれた。
それから、私の毎日はうそみたいに晴れて
すごく楽になった。
とりあえず日本でできるのは、日本でしかできないことをして、
毎日楽しめばいいだけじゃん。という具合に。
考えてみれば、こうやって好きなものに囲まれて独り暮らしを満喫できるのもいいもんだし、東京もすきだ。友達と遊ぶのも楽しい。
どうせイギリスにいくからと、誰かと付き合わなきゃいけない、結婚できる人を探さなきゃいけない悪夢からも逃れられた。
最高である。



・・・というわけで、ようやく本題。
ビザや渡航準備にもいろいろ面倒なことがあるので
とりあえずこのブログを世界一周⇒YMS用に変えます。



FBの上の写真はそういえばずっとこれ。
ロンドンといえばここでしょう。


写真の古さが半端ない。笑
10年位前。アビーロードにて。


イギリスには計3回ほど言ってるのでそれも書きたいな。
その前にベリーズを終わらせたい・・・
準備についても今度はちゃんとやりたい。。。

私がキッズに戻る日 

積み重ねた 思い出とか
音を立てて崩れたって
僕らはまた 今日を記憶に変えていける
間違いとか すれ違いが
僕らを切り離したって
僕らはまた 今日を記憶に変えていける


虹/ELLEGARDEN


私の青春、ELLEGARDENへの愛を叫ぶ。



仕事でクタクタになった帰り道に、いつものように酒を買い、Twitterを開いたら、衝撃的なニュースが目に飛び込んできた、思わず文京区の閑静な道端で思いっきり『えっ!?!?!』と大声で驚き立ち止まってしまった。


エルレガーデンが、10年ぶりに復活するという。3公演のライブをするとのことで、新木場STUDIO COASTと、仙台PITとZOZOマリンスタジアム。コーストはもう何回も行った、日本では最大級のライブハウスで(とはいっても2400人くらい)、仙台はわからないとしても、復興支援のためもあるだろうとはわかった。でも、ZOZOマリンってどこのライブハウスだよって思った。


当時、10年前、エルレガーデンは1番チケットの取れないバンドだった。普通ロックバンドのライブというのは、'そうゆう音楽が好きな人'だけが行く場所であって、狭いライブハウスでやるものだし、すごく人気の歌手ならドームとか野外とかなら、それなりに広いところでやるものだと思う。人気になればチケットもそれなりの値段してくるものなのに、エルレだけは最低価格であくまでもライブハウスに拘っていた。そういうところも、私達の心を捉えてた理由の1つだと思う。


そんななか、ファンは爆発的に増えていく一方で、特別ロックファンだけじゃない人達をも大きく取り込んでいた。ライブハウスを愛するライブジャンキー達からは、チケットを取れないバンドなんて意味がないと言われて、あまりライブハウスにこないような人たちが増えすぎたのもあり、自由でルールなんかないからライブハウスが好きなのに、暗黙のルールを守れないから、どうしても変なルールを敷かなきゃいけない。大声で歌うなとか、ハイヒールで来るなとか、髪の毛はしばれとかいう人が居たり、フェスでの場所取り、黄色い声が飛び交ったり、意味わかんないことになってた。もうこうなってくると、エルレが好きなんて言おうものなら、エセ、かのような、パンクなのにアンダーグラウンド感がなくなってしまっていた。人と違うものを愛するのはパンクが好きな人の典型で、有名になると好きじゃなくなるというのはよく聞くことだろうと思う。あーなんか、NIRVANAみたいだね。


それでも本当はみんなエルレが大好きだったんだよね。


エルレが休止するって聞いた時は、裏切られたような気持ちにさえなったのを覚えてる。私の希望だったから。エルレのライブがあるなら生きていけた。もちろんその休止の時もチケットは取れなかった、そのちょっと前のデビロックのライブの時に偶然何十口も応募して取れたライブが最後だった。
でもなんかもう色々限界だったんだってのはうすうす感じてた。深いことは知らないけど、理想だけじゃ打破できないことが多すぎたんだ。あまりにもチケットがとれなすぎるからか、最後の方はいつもどこでも同じセトリでやってたみたいだし。


そのあとも、なんと本人にも何回か会ったことがあるし、いろんなバンドとか色々な人達に会うことが偶然あったけども、本当に復活する兆しなんてなかったし、
自分自身もどんどん大人になって、週4とか行ってたライブハウスにも、足はどんどん遠のいてしまってた。


このライブには70万人の応募があったらしい。このチケットを取るのは余程の運がない限り無理だってのはわかってたし、もちろん私も当たらなかった。
でも、ZOZOマリン、つまりマリンスタジアムの音漏れに行ってきました。サマソニで行ってるからね、音漏れするのはわかってるの。(最後の新木場のライブの時はドア開けてくれて、近隣の人に迷惑にならないようにってみんなで静かにモッシュしつつ聞いたのも覚えてるし、絶対聞こえるようにやってくれるって思ってた)


多くの知り合いが中入るの知ってたから、私だけ行けないの本当に辛いって思って当日のギリギリまでいくか迷ってて、馬鹿だよね。多分2000人くらいいたんじゃねーの?てくらい入れない人きてたわ。←あーごめん今調べたら1万人以上だって。音漏れに1万人!!うけるもはや。
あーみんなやっぱ、エルレ好きだよね。




私がエルレを知ったのは、いつだったかな?
ずっとテニスしか頭になかったのにテニス部をやめちゃって、なんにもやることがなかったときに、親が再婚して家にMTVとスペシャが入って、音楽に出逢ったのが最初だった。その時ですでにmissingが出てた頃だったはず。


ラジオでスクールオブロックを聞いたり、MDに入れて何枚も持ち歩いて、登下校のチャリ漕ぎながら聞いたり、雑誌JAPANを貸し借りしながら読んだり、隣の高校の軽音部の演奏するカバーを聞きに行ったり
受験でもかなり助けてもらってて、電車にも初めて乗ったような田舎者だったから、何にもわかんない東京で、試験を受ける当日の電車の中でも、ウォークマンを聴いていれば強くなった気がしてた。そうやって助けてもらってたんだ。
私の心は完全に音楽に、パンクロックに囚われていたんだ。なんなら、それだけが救いだった。



初めて行ったのは幕張のライブ。浜松から帰りの電車のことなんて考えずに行って、当然帰れなくなって、夜の東京駅から締め出されて吉野家にいったんだよ。(今思えば昔からこうだったのか笑)
あんなに綺麗な世界がこの世にあるなんて、一瞬で虜になってしまった。


そして晴れて東京で大学生になった。時はmixi全盛期。エルレを通して色んな出会いがあった。オフ会みたいなカラオケでは、椅子も全部出して、まるでライブのようにモッシュしたりして、そんなのに100人以上が集まったりしてて、友達がたくさんできた。 今まで1人で楽しむものだった音楽が、みんなで楽しむものに変わった。自分みたいな仲間がたくさんいるんだって知った。


しかも、エルレがくれたのはそれだけじゃなかった。
東京に住んでると毎日のように色んなバンドがライブをやってた。私はいろんなバンドのライブに行けるようになった。dustboxとか、OVER ARM THROWとか、TOTAL FATとかBIGMAMAとか、、、メロコアのライブは本当に楽しいしかなかった。みんなが本当に心の底から笑顔で、キラキラしてて、元気をくれて、こういう場所があればやってける。大学がどんなにつまらなくても、次のライブまではって頑張れたし、全てのバイト代をライブにつぎ込んでたと思う。
思い返せば、音楽が好きでよかったことばっかりなのだ。


就活の時も、山手線一周歩いたときも、仕事中辛い時も、アンナプルナトレッキングしたときも、エルレを聞いてきた。
彼らだけは、辛い時は辛くていいと、言ってくれるバンドだった。
絶対的に裏切らない存在だった。



雨の日には濡れて 晴れた日には乾いて
寒い日には震えてるのが当たり前だろ
次の日には忘れて 風の日には飛ぼうとしてみる
そんなもんさ 僕らはほら


It's OK
Go cry
Go smile
It's something good to do to live as you want
I'm on your side
Your life is all yours
So don't let other people force you to be good
Be kind to yourself


風の日/ELLEGARDEN 


この曲にどんなに助けられてきたことだろう。


最後に笑うのは正直なやつだけだ
出しぬいて、立ち回って手に入れたものはみんな
すぐに消えた


ねえ この夜が終わる頃
僕らも消えていく
そう思えば僕にとって大事なものなど
いくつもないと思うんだ


金星/ELLEGARDEN


この曲をどんなに信じてきたことだろう。



10年ぶりに演奏する音を遠くから多くの人とともに聞いて
今までのいろんな思い出が走馬灯のように思い出された
楽しかったことも、辛かったことも、たくさんあった10年だった。


本当に、帰ってきてくれてありがとう。


チケットはなかったけど、また音漏れに行けて本当によかった。
今そこで、マリンスタジアムで、ELLEGARDENがライブをやっていることがありえな過ぎて、こんなにも待っている人たちがいて、みんなで好きな音楽をまたこんなにきらきらした空間で聴くことが出来て、人生の半分くらいの間、もう何万回かもわかんないくらいエルレを聞いてきたいろんな記憶をかすめて、涙が止まらなくて、嬉しくて幸せで、せつなくて胸がぎゅっとなった。
MCでも外の人を気遣う神対応で、盛り上がりまくりだった。久しぶりスニーカーで行ったかいあって手あげて歌って踊って跳ねて、ほんとにまた昔みたいに心の底から楽しかった。最後の一音一音を大事に演奏してくれて、夢のような1日がが、終わりたくないのが伝わってきたよ。


やるこということ筋が通っててかっこいいバンドで、メロディーが最高で声も特徴的、ギターもちょうかっこいい、音楽がまじで素晴らしい、というのをとっくに超えた、レジェンド。私の青春。何もかも本当にありがとう。




でもね、もちろん次はライブハウスで見たいです。
飛びたかったし、モッシュしたかったし、左回りしたかったし、
もっと大声でペパロニワトロしたかったし、
肩組ながらメイクアウィッシュしたかった。


次のライブはいけますように。
ツアー回ってくれますように。



Make a wish

You'll be fine
Nothing's gonna let you down

Someone's there next to you holding you
Along the paths you walk


Make A Wish/ELLEGARDEN